カタダのペンギンな日々

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藤沢数希が桃太郎を書いたら

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僕は鬼退治を証明しようと思う。

 

   ★

 

「道で話しかけた犬は仲間にできたか?」

「最初のディナーで仕掛けたイエスセットがうまくいきましたよ。家に誘ったらあっさりとイエス。そのあとはきびだんごルーティーンフェーズシフトさせました」

「銀座で会った猿は?」

「週末カフェで会ってCフェーズをクリア。一気にきびだんごルーティーンで仲間にしました」

「もう一匹、クラブでいい感じになったメスがいたよな…」

「キジだったら昨日の夜の11時に一言メッセージを送ったらバタバタと飛んできましたよ」僕はそう言って、携帯に残っていたメッセージのやりとりを見せた。

「あとはいつものきびだんごルーティーンです。完全にトリガー弾かれてますね」

その男は、やれやれ、といった表情で僕を見て笑った。

僕も笑い返す。

東京の街を見下ろしながら静かに乾杯をして、冷たいビールを喉に流し込む。数え切れないほどのビルがキラキラと輝いている。

「この東京の街は、僕たちのでっかい竜宮城みたいなもんですね」

「ああ、地上のな」

 

彼に出会う前まで、僕は非モテコミットフレンドシップ戦略を繰り返す、ただの桃から生まれた男にすぎなかった。だが1年前の夜、彼を偶然に見つけ、僕の本当の冒険物語がはじまった。僕は、鬼退治を実現するための秘密のテクノロジーを手にしてしまったのだ。

鬼退治工学。

かつてはガッツで回っていたこうした業界でも、恐るべきテクノロジーが開発されていたのだーー。

 

   ★

 

「えー、嘘でしょ、ぜったい嘘だー!」

ずいぶんと酔いが回ったそのキジは、僕にとろんとした目を向け微笑んでいる。

10月の最初の土曜日、僕は永沢さんと一緒に六本木のクラブにいた。もちろん、目当てのキジを仲間に誘うためだ。永沢さんは白のパンツに紺色のジャケット、革のバックで決めている。僕はといえば、おでこの部分に桃のマークが描かれたハチマキに、おばあちゃんお手製のちゃんちゃんこ。お世辞にも洒落ているとは言えないファッションだ。

だが永沢さんの助言を受け、僕は服装のことは気にしないことにしていた。事実、初めての街コンの時とは違い、今僕は、美人なキジと対等に話すことができている。

「嘘じゃないよ。本当に桃から生まれたんだ」

僕はもはやお決まりとなった生い立ちエンジンで、彼女の緊張を解きほしていく。永沢さんに言わせれば、僕の生い立ちは女性の気持ちを惹きつけるのに最適らしい。「桃から生まれた」の流れで笑いを生み、「血のつながりのない老夫婦に育てられた」の流れで母性本能をくすぐる。

僕の話し方も、試行を繰り返すことでずいぶんと流暢になっているはずだ。

 

実のところ、スキルを磨けば磨くほど動物を仲間にするチャンスが増え、鬼退治の成功確率も高まる。

結局、スタティスティカル・オニタイージ戦略の基礎方程式は、

 

成功 = ヒットレシオ × 試行回数

 

になるのだ。

僕はまだ、一匹も動物を仲間にできていない。少し焦る気落ちを抑えこみ、今夜はこのキジからLINE IDを聞くことを目標にしていた。だが、関係を進展させようとすると、未だに緊張が巻き起こってしまう。

ふと横を見ると、永沢さんがクジャクと熱いキスを交わしていた。まだ、会ってから15分も経ってないのに!

「なんかー、私、お腹空いちゃったー」と、クジャクが甘えた声で永沢さんに囁きかける。

さすが永沢さんだ、このままクジャクとフランス料理でも食べに行くのだな――そう思った矢先、永沢さんはまったく想像もしない行動に出た。

なんとポケットから粉まみれの団子を取り出し、クジャクに差し出したのだ。

「ほら、きびだんごでも食ってろよ

なんてことを!と僕は動揺する。案の定、クジャクは怒ったように永沢さんを睨み付けている。

 

だが、その10分後、永沢さんとクジャクは、タクシーで夜の街へ消えていった――。

 

 

「永沢さん、あのクラブでのきびだんご、解説していただけませんか?」 

後日、僕は永沢さんに質問をすることにした。学習塾で、生徒が先生にするみたいに。

「あのクジャク、脈ありサインを出していたんだ。気づいたか?」

聞けば、僕はまったく気づかなかったのだが、クジャクは永沢さんに向け、めいっぱいに羽を広げていたのだという。求愛行動と呼ばれるサインらしい。僕はまったく気がつかなかった。

「ああいう女は特別扱いされることに慣れている。きびだんごでいいんだよ」

口説き落としたい相手こそ適当にあしらう、それが永沢さんの言うきびだんごルーティーンだった。

 

それから僕は、永沢さんの助言に忠実に、本格的に仲間集めに乗り出した。

ある日、ストナンで犬にこんばんはオープナーで話しかけると、1回のディナーと数回のきびだんごルーティーンを経て仲間につけた。

また別の日には、銀座にある300円バーの前で、お尻赤いですねオープナーを用いて猿に声をかけ、その日のうちに仲間につけた。

 

そしてキジと一夜を過ごした翌日、僕は永沢さんと祝杯をあげた。

今なら鬼を倒せるかもしれない――自信をつけた僕は、帰宅後すぐに、鬼にLINEでメッセージを送った。

 (22:45 桃太郎)〔今、何してる?〕

 

(23:01 赤鬼)〔酒池肉林の宴なう〕

(23:01 赤鬼)〔<スタンプ>〕

 

(23:07 桃太郎)〔今からそっち行っていいかな?〕

 

 

   ★

 

島に差し込んできた太陽の光で目覚めると、僕の周囲で、無数の鬼がまだ倒れていた。

昨晩の感触が、心地よい疲労感とともに、まだ残っている。

そのさらに周辺では、仲間だった犬、猿、キジが倒れている。どうやらもう息をしていない様子だ。

やれやれと、僕は心でつぶやいた。

まあいい、LINE IDを入手した動物は、他にもたくさんいる。それだけのバックアップがあれば、一匹や二匹死んでも大した問題ではないだろう。

同時に複数の動物にアプローチしていくスタティスティカル・オニタイージ戦略は、確率的な優位さ以上のものを僕に与えていた。

いざとなれば、またナンパで動物を仲間につければいいだけだ。

失ったものなど、何一つない。

何一つ――

 

 

帰り道、僕は永沢さんにお礼の電話をかけた。

「無事、鬼退治できました。永沢さんが教えてくれた鬼退治工学のおかげです」

「お前は本気で努力してきた。よく頑張ったよ」

「……永沢さん、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「鬼っていったい何ですか?」

実際、僕はよく分からなくなっていた。鬼退治工学を学んだ後は、僕はかつてほど鬼を怖がってはいなかった。というか、メル友だった。なのに僕は、動物たちを犠牲にして――。

「なるほど……お前はある意味で、鬼を再定義したわけだ」

「再定義…?」

僕には永沢さんの言っていることが完璧には理解できなかったが、もう鬼退治はやめようと、漠然と考えた。もっとも、鬼は全滅していたが。

 

これからは動物を大事にしようと、僕は心に決めた。ふと前を見ると、岩場の上に見慣れた動物がいる。

僕は一瞬ためらったあと、声をかけた。

「お尻、赤いですね――」 

 

 

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫)

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※後記

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これらをリスペクトして、ここに至っています!

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